理想のモーブ色を求めて―リネンのポケットチーフのススメ。紅茶や染め粉で貴方色に染め上げて

この話は、COVID-19パンデミックによるシンガポール国内での規制が最も厳しかった2021年8月頃のものです。当時は、ようやく規制が段階的に緩和されそうな期待が高まったときに、空港や違法操業のKTVで新たなクラスターが発生し、規制が逆に強化されるなどした、もっとも息苦しく、耐え難い時期でした。

そんな折、外食も気晴らしもできず、鬱屈とした気分を抱えた私は、コンドミニアムの一室にこもって、ある実験を行っていました。それは、次々と政府により強制される規制に対する「優雅な反抗」とも言える企てでした。「ある実験」とか勿体ぶりながら記事のタイトルですでにバレているそれはすなわち、そう、ポケットチーフの染色実験であります。

リネンのポケットチーフがもっと着用されるべき理由

Linen pocket square

ところでその染色実験の話に入る前にどうしても強調しておきたいことは、リネン(亜麻)のチーフの素晴らしさです。まず、スーツ、ジャケットを着用した際、左胸のポケットにポケットチーフ(英語ではポケットスクエアと呼ばれる)を挿入することは、世の紳士にとって必須の身嗜みであります。「ポケットチーフを着用しないことは、ズボンの下にパンツを履いていないのと同じくらい恥ずかしいことである」と、誰かが言っていた気がしますが、それは気のせいかもしれません。

にもかかわらず、日本のビジネスシーンでは、ポケットチーフを着用することが、「キザ」「格好つけている」などと見なされ、挙句の果てに上司には「仕事に集中していない」などというマイナス評価をされかねないという意味不明な恐れもあり、いかに「減点されないか」みたいな思想が脳内に刷り込まれたひとの多い日本人社会では、スーツの着用率が他国に比して高いにも関わらず、ポケットチーフの着用率はおそらく世界最低レベルです。

半分はあえての極論、半分は私の本音なのですが、暑苦しくて動きにくいスーツなんて今どき着る必要は本当はまったくないのであって、スーツは着たいひとが着ればいいし、着たくないひとは着なければ良いだけなのです。にもかかわらず、たいしたポリシーもなく「周りが着てるから」という理由だけでダサいスーツ(ポリエステル混のブラックスーツ!)を着る派のひとは「社会人だったらスーツくらい着ろ」などと、ラフな格好で仕事するひとをときに蔑み、反対にラフな格好で仕事するひとは、「いまどきスーツとか着てアホちゃう?」と内心で小馬鹿にするのです。

そんな他人の服装を馬鹿にする両者ともダサいことは言うまでもなく、きちんとした仕立てと生地の体型にあったスーツは、間違いなく着る人をかっこよくするものであるのであって、スーツを着ることにしたからには、かっこいいスーツを着て、他人(主に女性)に好感を抱いてもらったほうがなにかといいに決まっています。

で、そんなかっこいいスーツを着るなら基本ネクタイは必ず締め、ポケットチーフを着用すべきです。いわゆる「ジャケパン」(この言い方は嫌いですが)スタイルなら、ネクタイは外してもポケットチーフだけは着用しておくべきです。それはなぜかというと、よく相手への敬意を示すためとも言われ、それもたしかに正しいですが、それ以上にそれらは自分のスタイルを表現するための手法であり、「周りが着ているからなんとなく」みたいな理由でスーツを着ているのではないというステートメントともなり、かつ、それが本来は地味であるべきスーツのスタイルを完成させるものだからです。つまり画竜点睛。

と、またもや香ばしい前置きが長くなりそうなので話をもとに戻すと、紳士のマストアイテムであるポケットチーフといえば、やはりシルクのものが多いですが、普段ポケットチーフを着けない方には、春夏秋冬、見た目も爽やかで軽やかで、洒脱に垢抜けたルックスを実現する、いつでも清涼感あるリネンの白いチーフを私はオススメします。

シルク製だとちょっと大げさというか、華やかすぎというか、ジャケットの生地の質感に合わせるのが意外と難しく、その点、リネンだとシルクほどではない自然な光沢がありつつ、生地感はツルツルでもないので、どんな生地にも難なく合わせることができます。コットンだとだいぶカジュアル感が出てしまうので、リネンの風合いは、シルクとコットンの中間でいい感じです。

シルクのポケットチーフを身につけるのは、「Chic」(エレガント)で、リネンのチーフを身につけるのは、「Dapper」(小粋)といえば、着用したときのニュアンスの違いはわかりやすいかもしれません(いや、これはちょっと乱暴でリネンもエレガントではあります)。

リネンの方がこざっぱりするので、ポケットチーフの着用が「キザ」「格好つけている」などと思われてしまうこともある残念な日本のビジネスシーンにおいては、シルクよりもリネンの方が導入しやすいとさえ言えると思います。

ちなみに、「結婚式向け」のように一緒に売られていたからと言って、ネクタイと全く同じ素材・色・柄のチーフをセットで身につけることは、スタイルにおける色・肌理の陰影を重視しない安易さが美意識の欠如を露呈するもの、つまり「ダサいもの」とされていますのでご注意ください。絶対にそのような「ネクタイ&ポケットチーフセット」は購入してはなりません。

アマゾンでリネンチーフと染め粉を購入

そんなリネンチーフはやはり白が最も美しいのですが、ジャケットやネクタイとの色遊びのために、いくつかカラフルなチーフも欲しくなるのが人情というものです。

しかし、シルクのチーフなら様々な色や柄のものがシンガポールにも売ってはいるのですが、リネンのは売ってませんでした。ハイ・ブランドとファスト・ファッション・ブランドへの二極化が著しいこの国では、そもそもリネンチーフの需要など極めて低いということでしょう。

そのため白いチーフをAmazon Japanでいくつか購入し、自分で染めてみることにしました。

染める色については、白と並んで定番の水色のリネンチーフはすでに既製品を持っていたため、温かみのある装いを演出できるベージュ、自由平等博愛ファッションに必須のレッド、それから極め付けに、ゲルマント公爵夫人の象徴であるモーブ(薄紫色またはライラック色)の3色をまずは染めてみることにしました。

さて、染めるにあたり、ベージュは紅茶で良いとして、レッド、モーブについては染料がいるためAmazonで検索。したところ染料の有名ブランドっぽいDYLONの染め粉を発見。分量少なめでお手頃価格。赤にもいくつか種類はあれど、フランス国旗の赤に近い気がした「チューリップレッド」を購入しました。

DYLON プレミアムダイ (繊維用染料) 50g col.26 チューリップレッド [日本正規品]

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モーブ色用としては、やや青みがかった「ラベンダー」と迷いましたが、赤みのある紫「バーレスク・レッド」なる色を薄く染めた方が、脳内イメージのモーブ色(微かに赤みのある薄紫色)になる気がしてこちらを購入。

DYLON プレミアムダイ (繊維用染料) 50g col.51 バーレスクレッド [日本正規品]

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まずは紅茶でベージュに挑戦した結果

紅茶染めのやり方は、インターネットを検索すればすぐにわかりますが、一応ここにも記載しておきます。市販の染料を使う場合は、染め方の説明書があるはずなのでそれに従ってください。染めること自体は簡単で、理想の色にするために染める時間をどのくらいにするかだけが難しい問題です。

リネンチーフの紅茶染めのステップ

  1. 紅茶を大量に沸かす

    大きめの鍋に水を沸騰させ、紅茶の茶葉(飲まないので安いティーバッグのものでよい)を適当に大量に投入し、猛烈に渋くて濃い紅茶液を作る。ここで隠し味に緑茶などを少し混ぜると色に深みが出る、かもしれない。

  2. 塩を適当に投入する

    後の色落ちを防ぐため、塩を適当にドサッと投入し、よくかき混ぜる。塩のミネラル成分が、染料と化学的に結合して安定化して、染料が繊維にしっかり定着し、水に溶け出しにくくなるそうである。

  3. 温度を下げて、浸ける

    火を止め、お湯の温度が少し落ち着いたところで、水通ししておいたリネンチーフをふわりと投入する。投入前にチーフを水できちんと濡らしておくことで、毛細管現象で染料が繊維の隅々にまで行き渡りやすく、色ムラが少なくなる、らしい。

  4. 色ムラを防ぐため時折かき混ぜながら漬けておく

    漬けたあとはたまにかき混ぜて色ムラを防ぐ。漬ける時間はお好み次第。ただし、染め粉使用のときはとくにそうだが、乾くと色がだいぶ薄くなるということを前提に、引き上げのタイミングを適当に見計らおう。

  5. 濯ぎと脱水

    液から上げたら流水で軽く濯ぎ、脱水。シワを伸ばして陰干しすれば、世界に一枚の、暖かみのあるベージュチーフが完成する。

ちなみに私は、隠し味に緑茶とジャスミン茶も少量投入。スプーンで掬って口に入れると猛烈に渋い味がして、気持ち悪くなりました。

清楚な白いチーフが、地獄のようにどす黒い液体に沈んでいく様を複雑な気持ちで見届けた後、たまにかき混ぜて、色ムラができないようにします。1時間くらい漬けたところで出来たのがこれ。

見事な色ムラ!

使用・洗濯後の写真ですが、おもいきり色ムラができてしまいました。これはこれで味があるのですが、思ったより色が濃すぎたので(1時間も付けたら当たり前。ていうか紅茶が勿体無い気がした)、もっと薄いベージュを求めて、再挑戦。

今度は漬ける時間を5分くらいにしてみました。

明るめネイビーのジャケットに合わせてみるととてもオシャレ

実にいい感じに仕上がりました。写真ではあまり違いが分かりませんが、実物は茶色っぽさが全く違い、服装に温かみを添える際に良いのではないかと思います。

フランス国旗の赤は出せるか

次に赤。これは市販の染料なので染め方がパッケージに記載されています。

40度のお湯500 mlに染料を全部入れて混ぜる。その後、別のタライやバケツに同じく40度のお湯6リットルに塩を200gほど溶かして、先程別で作った染料液を投入。よくかき混ぜてからポケットチーフを入れました。

こちらも、新品のウェディング・ドレスのように真っ白のチーフが、ドス黒い血のような液体に沈んでいくのを見ると、微かに背徳感を催します。

紅茶によるベージュと異なり、こちらは真っ赤に染める必要があるので、途中何度かかき混ぜながら、1時間以上浸け置きました。そしたら結果はこれ。

フレンチトリコロール

狂気のマゼンタ味が少し感じられるものの、ムラもなく、綺麗な赤色になりました(写真ではえらくどぎつく見えますが、実物はもう少し落ち着いた赤色です)。

しかしこの赤色、パッケージのチューリップの濃いめの赤色とだいぶ違う気がする。チューリップ・レッドは間違いだったのか。しかしフランス国旗の赤はそもそも真っ赤である、というわけでこれはこれでよし。白シャツ、ネクタイなしの上に青ジャケットを羽織った際に身に付ければ、まるで胸元に薔薇を刺した自由平等博愛の騎士みたいになります。

しかし正直にいうと、このフレンチトリコロールは、おっさんが着用に及ぶと「コスプレ」っぽい雰囲気が出てしまうことがあり、実際はあまりしません。最近では、クリスマスの日にブラウンのフランネルスーツを着たときなどにのみ着用しています(ネクタイを緑にするとクリスマスカラーを演出でき、それもまたコスプレぽいけど)。

ゲルマント公爵夫人のモーブ色を求めて

「ゲルマント公爵夫人」とは、マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』における重要な登場人物の一人です(モデルの一人はかのフォーブール・サン=ジェルマンでブイブイ言わしたグレフュール伯爵夫人)。大金持ちの貴婦人で、語り手の主人公による憧憬・幻滅・恋慕・無関心の対象として、長大な小説の中で様々な描かれ方をします(今思い出してみてもプルーストのその筆致は並大抵ではなく、あの読書体験はたぶん人生最高の経験のひとつです)。

小説の主人公(書き手)が憧れのブルーブラッドであるゲルマント公爵夫人の人間っぽさに最初に幻滅するシーンで、公爵夫人の纏う絹のスカーフの色がモーブ色であり、そのあとも故郷の田舎町コンブレーに咲くリラ(ライラック)の花やら、エロいアスパラガスの「鬱血した先端」など、この「薄い紫色」は、繰り返し小説に登場するモチーフです。

そんな繰り返されるモチーフのおかげで、主人公の妄想を読む読者の妄想の中でも、モーブ色は特別な意味合いを持ってくるもので、『失われた時を求めて』の全体が、モーブ色の霧に包まれたイメージさえ持っている読者は、私だけではないと思います。

そんな憧れの色を求めて、同じようにバケツに染色液を作り、黒紫のブラックホールみたいな液体に、白いチーフを無慈悲に投入しました。

長く漬けると濃い紫、ヴァイオレットになるのはわかっていたので、薄い紫色(モーブ色)になるよう、2〜3分ほどで取り上げて、すぐに水ですすいで脱水しました。

確かになかなか綺麗な薄紫色になりました。

しかし、モーブというにはややピンクが強い結果となり、紫色のネクタイとは合ってないこともないけど、このグレースーツに紫ネクタイなら、ポケットチーフは白の方がスッキリして、ベターな感じというのは否定しにくいものがあります。

それでちょっと別な組み合わせを試してみました。

「ソラーロ」スーツ&変わり種の少しエロめのネクタイに合わせてみたら、バラでもリラでもなく、期せずして、シンガポールの国花、ヴァンダ・ミス・ジョアキム(蘭)の紫ピンクのように見えてきて、東南アジアの遊び人的な雰囲気が出ました。この組み合わせは悪くなさそうです。

しかし、理想のモーブ色とはちょっと違う残念な結果に。もう少し青みが必要。染め粉は「ラベンダー」の方が正解だったのでしょうか。

ともあれ、リネンのポケットチーフ・コレクションが一気に増えました。

次は懲りずに緑に挑戦予定。


※2026年追記
というところで以前の記事は終わっていましたが、実際、あのあとグリーンやネイビー、ブラウンも染めて遊んでいました。

このチーフはフチの部分がリネンではないのでしょうか。同じグリーンでも染まり方が異なり、やや黄色がかった緑になりました。そのため、偶然ですが、上の写真のように折ってポケットに差すと、まるでサンセベリアの葉っぱのようで、なんだかとても洒落た感じになりました。これは結構気に入っていて、いまでもよく使います。

ネイビーやブラウンのような濃い色は、たっぷり時間をかけて漬けた方がよいので、失敗はほぼないと思います。上の写真のものもしっかりと染まっています。グレースーツにネイビーのチーフ、ネイビースーツにブラウンのチーフは結構渋い雰囲気を出すことができます。

シルクではこんな遊びはできません。白のリネンチーフが定番で美しいですが、こんなふうに白いチーフを貴方の色に染め上げ、世界にひとつだけのオリジナルチーフでスタイリングを楽んでみてはいかがでしょうか。

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