至高のドレスウォッチ『Jaeger-LeCoultre Master Ultra Thin 34』は中古車より安く買えます
『時計師の中の時計師』とも称され、パテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ ピゲという、世界三大時計メゾンにムーブメントを供給した実績を持つ、1833年創業のスイスの名門ジャガー・ルクルト(Jaeger-LeCoultre、以下JLC)。ポロ競技用に開発されたケースが反転する「レベルソ」で有名なJLCが、噂によると最終的には時計単体では赤字だったとも言われるシンプルの極みとも言えるドレスウォッチを、1990年代後半から2010年頃まで生産していました。
それが今回紹介する『Jaeger-LeCoultre Master Ultra Thin 34』(ジャガー・ルクルト マスターウルトラスリム 34、以下MUT 34)。2000年代くらいから時計のいわゆるデカ厚ブームが来たせいでしょうか、レベルソに比べてもかなり地味で、デカ厚の対極にあるようなこの時計は、一般的にはそれほど注目されなかったようです。
しかしこの時計は、JLCの技術の結晶である極薄ムーブメント「Calibre 849」を搭載した普及機であり、時計愛好家の中では高く評価されています。この時計はある意味、「ウン百万も浪費せずに、中古の軽自動車より安いくらいの値段で買える至高のドレスウォッチ」です。
静謐な文字盤はエレガンスの極み
当時この時計は、ステンレス(文字盤:シルバーとブラック)、ピンクゴールド(同:シルバーとブラック)、ホワイトゴールド(同:グレー)、プラチナ(同:ブルー)のバリエーションが存在したようですが、私の所有するものはステンレスのシルバー文字盤です。
私の尊敬するココ・シャネルの名言に「Simplicity is the keynote of all true elegance」(シンプルさはすべての真のエレガンスの基調である)という言葉がありますが、この時計はそれを完全に体現していると言えそうです。
静かな湖面のような文字盤
日付表示はなく、針は時針と分針しかありません。控えめなアワーマーカーはありますが、ミニッツマーカーはありません。ドレスウオッチとしての機能に不要なものはすべて削ぎ落としたデザインで、ごくかすかにサンレイ仕上げの施された文字盤が、静かな湖面のような、静謐な印象を持つ者に与えます。
この時計を初めて手に取って見た時は、何の飾り気もない、静かな、それでいて徹底された引き算の美学が否応なしに醸し出す迫力に息を呑んだ記憶があります(誇張ではなくマジです)。この静かな美しさは、文字盤だけでなく、控えめな光を反射するスムースベゼルと、ケースから流れ出るようなラグの形状の意匠の組み合わせだけでなく、手に持ったときの小ささ・軽さにも多分に依るものであり、残念ながらその印象を写真で捉えることはできなさそうです。実物は本当にきれいです。
超薄型手巻きムーブメント「Caliber 849」
この時計を特別なものにしているのは、時計の外面デザインだけでなく、その心臓部にもあります。搭載されている機械は、長年の技術的積み上げをベースに、1994年に誕生した名機「Cal. 849」。厚さわずか1.85 mmという超薄型手巻きムーブメントです。昨日紹介したノモスの「DUW 3001」よりさらに1.35 mm薄いです(と書くとDUW 3001は自動巻としてはかなり薄い)。
時計マニアの好きそうなエピソードとして、「この機械はあまりにも薄いため、組立や精度を出すための調整作業は、ジャガー・ルクルトの中でも、グランド・コンプリケーション(超複雑時計)を手がける「Spécialités Horlogères(特殊時計工房)」の熟練職人に委ねられていた」というものがあります。今はどうなのか知りませんが。
Jaeger-LeCoultre Cal. 849
私のMUT 34は裏がガラスなので、その機械を見ることができます(上写真)。ぱっと見ではわかりませんが、時計用ルーペでよく見ると、部品の一点一点が綺麗に面取りされており、「MASTER CONTROL 1000H」と誇らしげに彫られた角穴車と、隣の丸穴車にも、サンレイ仕上げが施されたりしています。優美な曲線を描く軸列受けの下に垣間見える金色の歯車の並びは、正にクラシックな「時計じかけそのもの」で、心ときめかされます。
ちなみにこの機械の兄貴分であるCal. 839を分解したひとのブログ記事が興味深いので、機械の中身に関心のある方は覗いてみると良いと思います。「スイス勢の中でもJLCにしか作れない/今までに作られた中で最も優れた薄型時計」なんて絶賛されていました。
THE JAEGER LECOULTRE MASTER ULTRA THIN: A STUDY IN SIMPLE EXCELLENCE
この薄い機械のおかげで、ステンレスケースバックのもので4.2 mm、サファイアケースバックのもので(風防がごくわずかにドーム形状になっているため)実寸は6 mmという、機械式時計としては驚異的な薄さを実現しています。
6 mmと聞くとそうでもなさそうだが手に持つとかなり薄く感じる
このMaster Ultra Thin(日本語名称はマスターウルトラスリム )は、ジャガー・ルクルトの薄型時計のラインとして現在(2026年5月)も製作・販売されていますが、現行の通常モデルではCal. 849を搭載したものはなく、自動巻ムーブメントのみで、直径の最も小さいもので36 mm、厚さが最も薄いものが約7.9 mmとなっているようです。
バックルにはJLのロゴの刻印
ジェントルマンの装いをこっそり格上げする
今は光沢のあるブラックのアリゲーターストラップを付けているため、私は基本的にグレーのスーツを着て黒い靴を履くときしかこの時計は身につけません。ほとんど使いまわしはできないのですが、フォーマルな装いには、これ以上ないくらい完璧に合います。しかし、文字盤はシンプルかつアラビア数字もあるので、ベルトを変えれば、スマートカジュアル的なキレイ目系の服装にも問題なく合わせられます。
時計に興味のないひとからしたら、ただのシンプルで地味な時計ではあるものの、実は中には時計の歴史にその名を刻むような、世界最高峰の機械を備えているという事実は、ウン百万~ウン千万円もする複雑時計は逆立ちしても買えない人間からしたら、ちょっと嬉しいポイントであるとともに、裏に変態性を常に隠し持つべき紳士(ジェントルマン)にとっては、自らの確かな審美眼とスタイルをほぼ時計愛好家にしかわからないレベルでこっそりと主張するタリスマンとして、装いを格上げしてくれることは間違いありません。
価格について
最近はドレスウォッチと言いながら、直径が39 mm以上あったりするし、最近でこそようやく36 ~37 mmへの回帰傾向は見られるものの、二針の34 mmはなかなかないと思います。ですので、真に価値あるドレスウォッチを求める紳士にとって、このMUT 34は有力な候補だと思います。
上述の現行マスターウルトラスリムは、2026年5月現在、最も薄くてデイト付きのもの(39 mm)で、定価が160万円もします。この数年で値段は倍近く上がっています。もし今後、新しい手巻きの薄型機械を搭載した34 mmのマスターウルトラスリムが発売されたとしたら、価格が160万円を下回ることはないと思われます(200万はフツーに超えそう)。
私が購入した個体は2000年代初頭のもので、2019年に40万円程度で購入しました。2026年5月現在、だいたい50~70万円くらいで取引されているようです。
2000年以降の時計は、部品が摩耗して壊れるリスクがつきまとういわゆるヴィンテージ時計とは異なり、きちんとメンテナンスされていればまだまだ使えるし、きれいな状態のものが多いです。最近の時計の価格高騰はとどまるところ知らない感じなので、その辺の中古車よりも安い、5、60万円くらいの出費で、このような至高のドレスウォッチが手に入ると考えれば、決して悪い選択肢ではないと思います。
SPECIFICATIONS
モデル名:Master Ultra Thin 34
型番:145.8.79.S ケース素材:ステンレス鋼 ムーブメント:手巻 Cal. 849(パワーリザーブ 35時間) 文字盤:シルバー、サンレイ(サンバースト)仕上げ インデックス:楔形アプライドインデックス 直径:34 mm 厚さ:6.0 mm ラグトゥラグ:40 mm ラグ幅:17 mm
防水性能:5気圧 価格:50万円~70万円(中古)※2026年5月現在